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Master Fishcamp

春のアメマス、ライズを釣る。【前編】

更新日:2022年3月5日

Early Spring Native Char has rising some...


【前編】

フラットな流れのライズ攻略


 もう10年も前のことだ。3月初旬のある日、アメマスの越冬シーンを撮影したくなった私は、道東のとある平地流を目指した。雪はまだ深く、川沿いの土手は通行することができず、釣り道具は持たずに重い機材だけを背負って、川通しに遡行することにした。大きな魚がいたら、今日は撮影に専念しよう。いい魚を見つけたら、今晩は車内でキャンプをし


て過ごし、翌日はそのマスたちを釣りまくろうという魂胆だった。

 夏には中規模河川といってよいほどの水量にはなるが、雨のない冬には水量も渡渉に困るほどのこともなく、大雨が降らないせいで川床には苔が伸びてぬるぬるとよく滑った。歩きにくいなぁ、機材は重たいなぁとボヤキながらも、気がつくと川幅は狭くなり、入渓した橋から数kmほど下っていた。そこで私は思いがけない光景を目にすることになったのだ。

 私は土手に上がり、流れの中を覗き込んだ。予想通り、大型の越冬アメマスが群れて泳いでいる。すぐに三脚を立て、カメラに望遠レンズを装着してその様子の撮影を開始した。時計の針はちょうど12時。日差しは強く、PLフィルターなしでも水中はよく見えた。

 魚たちは水面に近く、左右前後に小刻みに動き回り、明らかに何かを捕食している。よく見ると、群れのうちのやや小ぶりな何尾かはライズをして、水面を流れる小さな何かを食べている。小さいといってもどれも40cmは下らない中型魚。他の個体がでかすぎるのだ。群れの中核は60~70cm級なのである。それが十尾以上もいるのだ。今は警戒心の薄い中型魚だけのライズだが、そのうち大物たちがライズを始めるに、きっと間違いない。

 それにしても、彼らはまるで、川で水生昆虫をエサとする「普通の川の居付きのマス」のようではないか。

 何を言っているのか?と訝しく思う人もいるかもしれない。彼らは主に海で生活して成長するアメマス。川には秋に産卵に上り、真冬の海の寒さを避けて便宜上、川にいるに過ぎない。

 海で海中のエサばかりを食べているはずのアメマス、しかも大型に成長したヤツらが、川面を流れる小さな水生昆虫にライズをするとは・・・! 水面上の数mmの虫にご執心になった70cmの巨大なアメマスが、疑いもせずに自分のフライも食ってしまうのか…。そう考えるだけで鼻血が出そうなほど興奮した。

夏に海から遡上したてのアメマスは、川で頻繁に水生昆虫を食べるという話をを聞いたことがないし、実際にも見たことはない。アメマスたちは海で豊富な小魚や甲殻類を食べて、丸々と太り、また春の雪解けの水と共に海へと戻っていく。

 海から川に戻ったアメマスたちが、水面の水生昆虫に興味を示すのは、おそらくこの早春のいっときだけ。雪解けが始まるわずか数週間をこのように過ごすのだろう。


 しかしその一年のわずかな期間、そこで垣間見えるシーンは、フライフィッシャーを興奮のるつぼに陥れるには十分すぎる。時期限定とはいえ、マッチング・ザ・ハッチの釣りを天然の50cm級のマスたち相手にできるのだ。世界広しといえども、そうそう出会える光景ではないはずなのだ。

 「眼前のライズ」の前では他のいかなる優先事項も存在しない、とりあえず釣ってしまえよと、釣り人であるもう一人の私が告げるのである。ここから3週にわたって遠路はるばる通い続けることになるのである…。




 その日は撮影のみ、などと仕事人間のようなことを言っておきながら、しっかりとサオも仕掛けも用意していた。一眼レフやビデオカメラのバッグを雪の上に放置して、プールの左手の斜めやや上流側からアプローチすることにした。もっともドラグを回避しやすい、ダウンクロスでフライを流すことにしたのだが、ここに限っては失敗だった。


 ライズは水面がほぼフラットな流れの緩い場所で起きており、水面上のエサが筋になって流れているわけではなく、幅数メートルに渡って広範囲に流れていた。だから魚たちも縦に並ばずに並行して泳いでいたのだが、それは思ったよりもずっと手前の浅瀬にまで広がっていた。だがそれは流芯の最も流下の多い好レーンから弾き出された、小さい連中ばかり(といっても40㎝台)。もちろん本命は奥の70㎝級のいるあたりで起きているライズ。

 小さい連中は、フライやフライラインにはウブなはずなのに、頭上のフラットな水面に落ちるラインは気になるものらしい。2、3回ラインを落とすと、手前の小さい連中が慌てて逃げ惑うのだろう。奥の大きな連中のライズまで沈黙してしまったのである。逃げた手前の魚たちが危険を察知して、他の魚たちにも教えてしまったのだ。余計なことをしてくれる…。



 今度はやや下流側にポジションを変え、アップクロスでねらうことにした。15分も待たずにライズは再び開始されたが、魚はすっかり警戒モードである。ライズはすぐに逃げ込みやすいレーン、倒木の枝木が覆いかぶさった周辺のみ。50cm四方に数尾のライズ。そのスポットにフライを入れようと何度もフォルスキャストをして距離感を修正して、よし、入れ!と投げたフライは、しかしあえなく枝に絡まった。大事な一本を浪費。気を取り直して、次のキャストでは上手くいった!と思ったものの、肝心かなめのライズがなかった。フライが落ちる個所はライズ魚のほぼ頭上らしく、それでは位置が近過ぎる。だがどうしようもない。その上流側は細い枝が何本も網の目のようになっているのだ。


 私はしつこくその狭い個所にドライフライを打ち込み、どのライズも沈黙させてしまった。やけになった私は、16番のニンフを結び、ちくしょうとばかりに倒木のすぐ下流にぶち込んだ。タングステンのビーズヘッドのせいで、投げるとカックンいうニンフ。一投目で根ガカリというのも忍びない、なんて思いで弱腰のショートキャスト。1mも手前に落ちてしまった。しかしである。ちょうどそこには気まぐれに出てきたであろうアメマスがいたのだ。ティペットがぴたりと止まる。グイっとサオをあおると、フライの沈んだあたりでアメマスが倒木の中へ逃げ込もうとするのが見えた。50cmもある魚体がウネっている。ロッドが根元まで曲がっていて、ファイト感は十分なのである。50㎝には満たなかったが、まだ大勢の人がツーハンドやスイッチロッドでストリーマーを投げている季節、6番ロッドのライズの釣りは十二分にシビレる釣り(結果ニンフだったけど)。



 ライズするアメマスたちの捕食対象はおおよそ明らかだ。ニンフで釣った魚からストマックポンプで内容物を見ると、ほぼクロカワゲラの細長いニンフとユスリカのラーバ。ということは、ニンフだけの個体、あきらかに水面を意識した個体と、入り混じっていることになる。川はマチング・ザ・ハッチの舞台となっている。そう考えて良さそうだった。

                                (後編に続く)





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