春のアメマス、ライズを釣る。【前編】

更新日:3月4日

Early Spring Native Char has rising some...


【前編】

フラットな流れのライズ攻略


 もう10年も前のことだ。3月初旬のある日、アメマスの越冬シーンを撮影したくなった私は、道東のとある平地流を目指した。雪はまだ深く、川沿いの土手は通行することができず、釣り道具は持たずに重い機材だけを背負って、川通しに遡行することにした。大きな魚がいたら、今日は撮影に専念しよう。いい魚を見つけたら、今晩は車内でキャンプをし


て過ごし、翌日はそのマスたちを釣りまくろうという魂胆だった。

 夏には中規模河川といってよいほどの水量にはなるが、雨のない冬には水量も渡渉に困るほどのこともなく、大雨が降らないせいで川床には苔が伸びてぬるぬるとよく滑った。歩きにくいなぁ、機材は重たいなぁとボヤキながらも、気がつくと川幅は狭くなり、入渓した橋から数kmほど下っていた。そこで私は思いがけない光景を目にすることになったのだ。

 私は土手に上がり、流れの中を覗き込んだ。予想通り、大型の越冬アメマスが群れて泳いでいる。すぐに三脚を立て、カメラに望遠レンズを装着してその様子の撮影を開始した。時計の針はちょうど12時。日差しは強く、PLフィルターなしでも水中はよく見えた。

 魚たちは水面に近く、左右前後に小刻みに動き回り、明らかに何かを捕食している。よく見ると、群れのうちのやや小ぶりな何尾かはライズをして、水面を流れる小さな何かを食べている。小さいといってもどれも40cmは下らない中型魚。他の個体がでかすぎるのだ。群れの中核は60~70cm級なのである。それが十尾以上もいるのだ。今は警戒心の薄い中型魚だけのライズだが、そのうち大物たちがライズを始めるに、きっと間違いない。

 それにしても、彼らはまるで、川で水生昆虫をエサとする「普通の川の居付きのマス」のようではないか。

 何を言っているのか?と訝しく思う人もいるかもしれない。彼らは主に海で生活して成長するアメマス。川には秋に産卵に上り、真冬の海の寒さを避けて便宜上、川にいるに過ぎない。

 海で海中のエサばかりを食べているはずのアメマス、しかも大型に成長したヤツらが、川面を流れる小さな水生昆虫にライズをするとは・・・! 水面上の数mmの虫にご執心になった70cmの巨大なアメマスが、疑いもせずに自分のフライも食ってしまうのか…。そう考えるだけで鼻血が出そうなほど興奮した。

夏に海から遡上したてのアメマスは、川で頻繁に水生昆虫を食べるという話をを聞いたことがないし、実際にも見たことはない。アメマスたちは海で豊富な小魚や甲殻類を食べて、丸々と太り、また春の雪解けの水と共に海へと戻っていく。

 海から川に戻ったアメマスたちが、水面の水生昆虫に興味を示すのは、おそらくこの早春のいっときだけ。雪解けが始まるわずか数週間をこのように過ごすのだろう。


 しかしその一年のわずかな期間、そこで垣間見えるシーンは、フライフィッシャーを興奮のるつぼに陥れるには十分すぎる。時期限定とはいえ、マッチング・ザ・ハッチの釣りを天然の50cm級のマスたち相手にできるのだ。世界広しといえども、そうそう出会える光景ではないはずなのだ。

 「眼前のライズ」の前では他のいかなる優先事項も存在しない、とりあえず釣ってしまえよと、釣り人であるもう一人の私が告げるのである。ここから3週にわたって遠路はるばる通い続けることになるのである…。